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HHM開催によせて/る

もうすぐ批評祭(ひひょーまつり)というのがあります。
詳しくは
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=263799
このcaseさんが書いたHHM要項に書いてあります。
そしてまた何故批評なのかということについてもコーリャさんが
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=263750
この文章で私がいいたいことをほとんど言っちゃってくれてますが、
私なりに付け加えたいことをつらつらの述べたいと思います。
もちろん私は主催者ではありませんので一参加者の戯言としてお聞き流し下さい。

Kritik(批評)という言葉が文学史において重大な意味をもちはじめたのがカントの「純粋理性批判(Kritik der reinen Vernunft)」をきっかけとしたのでした。よく読むとKritik(批判)となっています。ここで簡単にカントのやったことをざっくり説明すると、当時経験主義(懐疑論)と呼ばれる立場と合理主義(独断論)と呼ばれる立場がありました。経験主義は経験を絶対としますから(ヒュームなどの例外はいますが)人間の推理能力からでは正しい認識を導き出すということはできないと言う立場で、懐疑論と呼ばれます。合理主義は正しい認識というものは「絶対者」によって担保されていると考えます、例えばデカルトは『省察』の認識の正しさの証明において『神』を使いました、スピノザもまた『根本原因』という言葉でもって認識の正しさを説明します、なので独断論です。
カントは批評/批判(Kritik)というものを「厳密に考える」というくらいの意味で使っています。要するに二つの立場に強烈なツッコミを食らわしたわけです。経験主義には、「じゃぁ数学とか自然法則とかお前ら信じねーの?」と言い、合理主義には「おいおい認識に神様出したら何でもありじゃん?」と。

話がそれていると思っておられる方が大半だと思いますが、このカントの行った壮絶なツッコミが世の若者たち(もちろん富裕層ですが)を震撼させたのでした。それまで習っていた学問を根底からひっくり返されたわけです、現代風に言うならば、「あ、ごめん今まで教えてたの嘘だから、今日から1+1=3でよろしくー」くらいの衝撃でした。そしてこの震撼した若者たちが「歴史上初めて」Kritikという言葉を「芸術」に応用しました。

文学史上ではその若者たちを「初期ドイツロマン派」と呼びます。彼らにとってKritik(批評)というのは2重の意味がありました。一つはカントが行ったように認識論的に考えること。もう一つは、これもカントがそうであったように「何かとてつもないことをすること」ということです。それまで芸術に関して「とやかく言う」ということはされていました、が、それは専ら「文法的に合っているか」とか「古代ギリシャの作品に似ているか」とか「泣けるか」とか「笑えるか」とか、いってしまえば「判定」というものに近かったのでした。

若い彼らは、ドイツのイエナでたびたび会合し、Kritikなるものをいかに発展させるかに腐心していました。 これまでの芸術「判定」では何も生まれない! とか 新しい文学が必要なのだ! とか言ってたんじゃないかなーと思います。そしてそれは絶対に「哲学的」であらねばならなかったのです。そうして真の「芸術批評」と言うものが生まれました。当時、哲学と言うものは「真理」を見つけ出すための学問です。「哲学的」な「芸術批評」というものは必然的に「芸術」における「真理」をみつける、という行為に還元されました。これが現代でも批評と呼ばれているものの雛型です。

もちろんそれからさまざまな変遷がありました、例えばその雛形の「批評」は(作品に内在する理念を見出すという)原理上作品をけなすことはありませんでしたが、それでは読者の要求を満たすことが出来ないことがわかり価値判断と相まって「酷評」のようなものも生まれました。或いは道具主義的に、その作品を良くしている「装置」を見つけ出すようなことも批評と呼ばれるようになりました。畢竟、私たちがある作品に接してそれを美しい(もちろん「美しい」という価値基準でなくてもいいと思います)と思い、なんで美しいんだろう?と考えることそのことが批評なんだと思います。

そして批評にはもう一つの側面があります。先述のように批評は作品に内在する「真理」を見つけ出すこと、そしてそれは、その作品がなんで美しいのかを考えること、と私は仮定しましたが、作品の内に「真理」を見出された作品というのはどういったものだろうか、という考えまで思い至りますと、わたしたちはそれを「古典」と呼んでいることに気付きます。先に述べた若者たちは『アテネウム』という同人誌で活動しておりましたが、これはアカデミー(学術機関)とは別のものでありました。そして彼らが発見した「真理」をここで見てみると、ダンテの『神曲』に対するAWシュレーゲルの論文と翻訳、同氏によるシェークスピアとカルデロンの翻訳、ボッカチオに対するFシュレーゲルの論文、セルヴァンテスに対するティークの翻訳、ゲーテに対するFシュレーゲル、ノヴァーリス、AWシュレーゲルそれぞれの論文。私たちが通常「古典」として習うものはアカデミーによってガクジュツテキに定められたわけではなく、若い情熱が文字通り「見つけ出した」からこそ「古典」と称されていると言う事実は、私にとって特に印象的なことであります。

なので次のように考えることも出来るのではないだろうか、と私は思うのです。つまり、「批評」とはその対象となる作品が生き残るための「餌」なのだと。その作品が読み継がれてゆくこと、語り継がれてゆくことの背後に無数の息吹、その作品に相対したものの吹きかけた愛の囁きが、あるのではないか、と。読み継がれて欲しい、語り継がれて欲しい、だから私たちはその作品が「いかようにして美しいか」を語る。どうしてこの空間に難渋さや思わせ振りや衒学が入り込む余地があるだろうか。決して、権威によって読み継がれてゆく、語り継がれてゆく「古典」は決まらない。私たちの小さな息吹がその作品に内在する花を咲かせる、そう信じることをためらう必要などどこにあるのでしょうか。

今回HHMはネットで読める(或いは視聴できる)作品を対象としていますが、今や多くの人がネット環境を持ち、ネットで作品を発表し、その中には本当に優れたものが存在している、と私は思っています。そして私たちがあのイエナに集った若者たち足りえない理由がどこにあるのだろうか、と。小さな息吹でいい、バタフライエフェクトでいい、愛があればいい、あなたが読み継がれて欲しい、語り継がれて欲しい、と思う作品に咲く花がどれほど美しいか、聴かせて欲しい。
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