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端麗に折りたたまれた見事な生活/るるりら

わたしは、山人氏の「生活」という作品を とりあげさせていただきます。
http://mb2.jp/_prs/7070.html まずは 作品を 添付させていただきます。



【生活】


端麗に折りたたまれた見事な生活をそれぞれが晒している、さわやかなミントの風を涼やかに目元に蓄えやはり端麗なまなざしを向けている、生暖かい温度はしっかり蓋をして静かに四隅を整えて桐の引き出しにしまい込む、出来ないことには静かに首を振り、できることを楚々と繰り返し、その時々を咀嚼する。
遠くの山から湧き出た一本の清水を丹念にみず道を作り、日ごと適量の汗をかき、適度に笑い、適度に悩み、苦しむ、夢食い虫にならず、体内を巡る数億の血の道を日々めぐらせるための質素な食事を行い、麓に放牧された幾千の羊を数え眠りに着く。
よろこびを一つづつ紙に書き、ひとつひとつの物事を細やかに語り、それぞれがそれぞれに微細な念じられた物質の種をまく、畳の目のようなささやきのような些細な言葉が高層湿原のように数百の夜を超えて確かな物質となる。
生まれた物質を皆で祝い、祝福の言葉を押し並べ、その言葉は無味な味わいをしていたとしても発し続けることで、物質はさらに成長を遂げてゆく。
些細な物質を皆々が自愛の目で崇め拍手する、それは素直な心を広げることであり、自らの解放である。開放された物質は心を持ち、恩返しに来る。小冊子の中に静かに活字として埋め込まれ、不思議な薬効を発揮し始める。それらの人々は飾ることはない、いちいち細やかで小さな事柄ですらもやさしく捉え、議論する。そしてやはりそこから微細な物質がいつもいつの日も誕生し続けるのである。まとわりつく襞を伸ばし、それについても口を尖らせたり、なだめたりしながら動物の家族のように舐めあう。やがて物質は彼らを覆うように存在し、一種オーラのように身体やシチュエーションを守り始める。天空の怒りや突然の事故、そういうものですら屈しない物資を手に入れるのだ。それは一心不乱に農民が作物を作るときに唱える豊年の祈り歌のようでもあり、しかし、それは実につまらない変哲な如何でも良い日常会話から生まれる分子でもある。

2012/04/23 18:10 
************以上引用終わり*********


この詩は 昨年の私が もっとも なんども読み返した詩だ。
特に冒頭が好きだった。去年の私のキーワードは【端麗に折りたたまれた見事な生活】がキーワードだったと言っても過言ではない。
初めてこの詩を読んだとき、なぜか 私には 絵というか光景が浮かんだのだ。それは、どこかの日当たりの良い場所に立っている 日本家屋の堂々とていつつ 風遠しの良い たたずまいの様子だった。
【端麗に折りたたまれた見事な生活をそれぞれが晒している。】
それが、この箇所に出会ったときの私の脳裏に鮮やかに浮かんだのだった。
書き手である山人氏は この詩は 日本の情景だとは言ってはいない。それどころか 次の行では ミントの香を漂わせている。

わたしの脳裏に浮かんだものは、日本家屋のソレであり、その映像は とても具体的だ。その家屋には 周り廊下があり、そのぐるりをガラスが取り囲んでいる。廊下の内側には障子のはられた襖が見える。ガラス戸をはずせば おそらく 家屋はハーモニカのように ずずやかな風を家のすみずみまで運ぶであろう。
端麗に折りたたまれた見事な生活とは、日本の家屋の在り様や 日本古来の着物が折りたたまれて収納しやすい形状であること。それから 折り紙などに主張されるように 端麗に折りたたまれるという状況は とても日本的な美意識だと思う。

日本人である私たちは、ほんの百年くらいまえは いまより もっと 風の中に生活を翻していた。風にあててはならないことは きちんと 折りたたんでいた。端麗に折りたたみ 見事に広げる。それは毎日の過ごし方もそうであったろうし、祭事などのありようも またそうであったろうと思う。とても風通しの良い日本古来の在り様の息遣いを 私は感じた。
 そこに居る人の姿は 涼やかだ。 それらは 心のふるさとの情景でありつつ 未来的だ。

【さわやかなミントの風を涼やかに目元に蓄え、定めた先に水色のまなざしを向けている。】
この詩がネット上に投稿されたのは昨年の四月の終わり頃だった。あの頃 私の庭にも
ミントは すがしく葉を広げていて、とても良い収穫時期だった。わたしは幸運なことに、作者が 言おうとしている水色の「まなざしというものを体感できる立場にいたのだ。


外気を その身に入れ、生きているがゆえの 帳尻の合い難いさまざまなことも 粗末にするのではなく 丁寧にあつかい
【生あたたかい温度にはしっかり蓋をして、静かに四隅を整えて桐の引き出しにしまい込む。 】
【出来ないことには静かに首を振り、できることを楚々と繰り返し、その時々を咀嚼する。】それが なかなか難しい。出来ないことを出来ないというは ときに簡単ではない。相手の心を脅かすのではない 物言いで 言うことさえできれば、どんなにか良いに 違いないだろうにと、 不平不満もないだろうに、などといった 生活のさまざまのところで湧いては消化しきれぬ憤懣のことを 私はこの詩を繰り返し 読むことで、その私の憤りに 御線香をあげたのかもしれない。そして、日の当たる場所に住む魂の道程を 私は この詩に見出した。


【遠くの山から湧き出た一本の清水で丹念に水みちをつくり、日ごと適量の汗をかき、ふくよかに笑い、
小首を少し傾けて悩み、夢食い虫にならず、体内を巡る数億の血の道を日々めぐらせるための質素な食事を行い、麓に放牧された幾千の羊を数え眠りに着く】

そのように丹精こめた日々が もたらすものは いのちの喜びに満ちたものであるに違いないとも 思う。

【よろこびを一つづつ紙に書き、ひとつひとつの物事を細やかに語り、
それぞれがそれぞれに、指の湿度を感じながら念じられた物質の種をまく。】

喜びとは、すぐに手元をすりぬけてゆく。人は傲慢で すこしの喜びを得ても すぐにもっともっとと 生き急ぎがちだ。そうではない生き方があるはずだと 私は思った。

【ささやきのような、小葉を揺らす言葉が高層湿原のように数千の夜を超え、確かな物質となる。生まれた物質を皆で祝い、祝福の言葉を押し並べる。その言葉は餌となり、無味な味わいをしていたとしても、発し続けることで、言葉は物質をさらに成長させてゆく。
小さな物質を皆々が自愛の目で崇め拍手する、それは素直な心を広げることであり、自らの解放である。開放された物質は心を持ち、恩返しに来る。小冊子の中に静かに活字として埋め込まれ、不思議な薬効を発揮し始める。それらの人々は飾ることのない、いちいち些細で凡庸な事柄ですらも優しく捉え、美しく議論する。そしてそこからさらに小さくも形を持つ物質がいつも誕生し続けるのである。 】

かわされる言葉と言葉の豊かな実り。孤立ではなく ディスカッションによって もたらせる和。そして おおらかな愛が動物の家族のように舐めあう。

【まとわりつく陰湿な襞を伸ばし、それについても口を尖らせたり、なだめたりしながら動物の家族のように舐めあう。】ここでは、舐めあうという表現がつかわれていた。性愛か それとも 親子の情か いずれにせよ「舐めあう」というのは これ以上ない実直な表現であり。生きた獣のように美しいと私は思った。人間関係において傷の舐めあいという表現をするとき、なにか醜悪な雰囲気を想像させるものだが、それは 高級な毛皮は すこしの汚れでも 醜悪だが、生きた獣は 生きた生活をするものの所作は清いと私は 思った。
毛皮はすぐにシミになるが、生きた生き方をする獣の毛は シミになんぞならずに美しいのと同じだ。



【やがて物質は彼らを覆うように存在し、一種オーラのようにあらゆるものを守り始める、天空の怒りや突然の粛清、そういうものですら屈しない物質を手に入れるのだ。それは一心不乱に農民が作物を作るときに唱える豊年の祈り歌のようでもあり、しかし、それは実につまらない変哲などうでも良い日常会話から生まれる分子でもある。】と 詩は終わる。

わたしは、この詩に希望を見出した。すると人生が 不思議なことに この詩のような形になろうとしてきたのだ。
実は、去年は 私の人生のターニングポイントの年だった。
この詩を手にしたあとの私は 近所で畑になる土地をすこしばかり借りもした。どんなにか こんな暮らしに憧れたかしれない。そして実行にも移した。ほどなく実母の健康状態の変化の関係で 母と同居することとなった。母の生活を伴にするにあたっては さまざまな感情とも向き合わなければ ならなかった。そこでもこの詩は手放せなかった。
この詩にあるような 箪笥とかも 我が家に運んだ。実際の私(るるりら)は、実につまらない変哲などうでも良いとは日常会話に おへそをまげがちではあるけれど、だからこそ わたしには この詩は 必要な詩だったのだ。


しかし この詩は、山人氏ご自身が大幅な変更をされて別の作品として似た作品を投稿をしておられる詩でもある。わたしを つきうごかした言葉は 最初の投稿作品にしかなかった。 ほかの読者や山人氏ご自身にとってこの詩の言葉は ゆらぎの部分のある作品だったということなのだろうと推測する。奇跡みたいに私を動かした言葉は ナマモノのなのだ。だから作者の中ですら 動くのかもしれない。しかしながら、私には 初期のスピリッツだけが漂流し わたしの中に定着しようとしている。

最後に この作品は わたしには かけがえのないものであったということが 発言できて 私は嬉しい。この散文を書く機会を得て 私は感激している。この詩を読ませていただきありがとうございました。そして、この散文を書く機会を与えてくださった方。そして この散文を読んで下さった方、感謝しております。
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