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学習塾に関する一考察/奥主 榮

 一九九〇年代に差し掛かる頃から、小中学生の学科試験での点数の分布が、二極分解してきました。
 それまでは、平均点をピークにして左右に緩やかに低くなっていくというグラフを描いていたのですが、この時期を境に、平均点が谷間になり、その左右に二つのピークが生まれるようになってきました。学校や予備校、学習塾にテストを納入している業者は、「どうして正常なベル型分布になるようなテストを作成しないのだ」というクレームに悩まされることになります。しかし、学校内で作成される定期テストの結果も、こうした二つの峰を持ったグラフで表される結果を生んでいます。
 こうした結果が現れるようになった背景には、子供たちが勉強に向かう姿勢が、昔のように「みんなが同じように頑張っても、結果が変わる」という状態から、「それなりに頑張る子と、最初から放棄する子に分かれた」という状態に変化したことが大きいと考えられます。勉強が好きでも嫌いでも、なんとなく「やらなければならない」という意識が支配していた時代から、「やるかやらないかは、自己責任の選択」という意識の時代へと変わったのです。勉強をすることを選択した子達の中の平均点で一つのピークがあり、勉強しないことを選択した子達の平均点の中でもう一つのピークがある。そうした状態です。

 そうした時代に、教育が何を行えるかと考えていくと、公教育には実は大きな限界があります。万人に平等な教育の機会を与えるという理念は、二つのピークが存在する現実とは相反し合うものだからです。公的な教育の場で、「ここにターゲットを絞って」と想定される平均点前後の子供たちは、もう存在しないからです。それでは、教育産業は、平均点より高い層と低い層と、二つの層を意識して個別化しているでしょうか? 現実は、まったく異なります。
 今、新聞を定期購読している家庭がどのぐらいあるのかは知らないのですが、少なくとも新聞にはさまれてくるチラシを見ている限り、多くの学習塾では「○○校○名合格」といったキャッチコピーを、毎年受験の時期に出します。いわゆる「偏差値の高い学校」の受験生をターゲットにした、こうした広告は当然、平均点以下の子たちは排除しています。「極力、上位の学校を目指したい」という家庭を前提にした商業企画は、実は単純計算では子供の半数である「平均点以下の結果に悩んでいる子」を退けたものです。学習塾のほとんどが「上位校合格」を実績として掲げていることによって、同業者とのシェアの奪い合いを続けている中で、「平均点以下の子」を教えることは、なぜさけられるのかと言えば、まず教務面からの問題があります。勉強が苦手な子に教えていくには、教材と教師のスキルの双方が求められます。学習塾は、この二つに枯渇しています。
 書店に行き、学習参考書の棚を見回せばわかるのですが、商品として売られている教材は、やっぱり成績上位の子を対象にしています。それは、塾関係の教材でも変わりはありません。(ただし、最近では成績不振に悩む子のための市販の教材や、塾を対象に売り出されている教材の中にも、徐々にそうしたものは増えてきました。) かなりの覚悟を持って、自作の教材を準備し、同時に同じ説明を何度でも繰り返すことにも慣れていかなければなりません。でも、どちらも楽そうに見えて、困難です。
 成績の悪い子を塾が教えたがらないことには、イメージの問題もあります。身もふたもない言い方ですが、「成績不振児に効果がある」ということは、同時に子供たちの間に「バカの通う塾」というイメージも植えつけます。サービス業である学習塾の経営では、避けられる行為でもあります。最近、成績不振の要因のある子の指導もしますということを宣伝文句に掲げた組織がありました。この組織の場合、最初から細かな成績差を見極めて、最も適切な指導を行うことを繰り返し発信していました。この企業の場合、そうしたイメージが幸いして、きめ細かな指導という印象を強化しています。

 そうした背景の中で、成績が平均点以下の児童への教育産業は、本質的な意味でのニーズに応えられないままに終わっています。
 先述の、成績不振児への指導の相談を宣伝文句にした企業も、成績を向上させることが学習産業の目標であるという先入観は払拭しえていません。しかし、実はその「成績向上に限界がある」という事実を前提にした上に立ち、サービス業としての「教育」に携わる組織が生まれたときに、教育に関する企業の、新しい可能性が生まれてくるのではないかと僕は考えています。
    2013年 1月 31日 奥主 榮
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